LOSSTIME

Updated 2026.02.13

社会人サッカーという“ロスタイム”に立っている人へ

社会人サッカーという“ロスタイム”に立っている人へ

Section 1全社(全国社会人サッカー選手権大会)を目指し、仕事と両立し、それでも「辞めない」社会人選手たちへ

日曜日の夕暮れ。誰もいないグラウンドを後にしながら、ふと思うことがある。 「自分は一体、何のためにここまでやっているんだろうか」と。

全国社会人サッカー選手権大会という高い壁を目指し、平日の仕事終わりに息を切らし、土日のすべてを遠征や試合に捧げる。しかし、現実は残酷だ。どれだけ情熱を注いでも、全員が勝者になれるわけではない。むしろ、ほとんどの選手が「勝てない」「評価されない」、そして「辞めたい」という葛藤の中にいる。

それでもなお、僕らがスパイクを脱がない理由。 それは、効率や成果を求める現代社会が切り捨ててきた無駄の中にこそ、自分がまだ自分でいられる時間がある気がするからだ。

Section 2勝利の物語から人生の物語へ

勝利の物語から人生の物語へ

今の世の中は、あまりにも「正解」を急ぎすぎる。 仕事であれば生産性が、SNSであれば「いいね」の数が、サッカーであれば「勝利」や「昇格」だけが価値の基準とされる。

初心者として社会人サッカーの門を叩き、仕事との両立に苦しみながら、ようやく手にした出場機会でミスを犯す。あるいは、全社のような大舞台を目指して何年も積み上げてきたものが、たった一瞬の失点で霧散する。

周囲は言うかもしれない。「そんなに辛いなら、趣味なんだから辞めればいいのに」と。正直、効率はずっと悪かった。

誰にも見られない練習。負けたあとの飯。なにも起きなかった日。
LOSSTIMEは、そういう時間をそのまま置いておく場所。

Section 3継続を選択する心理構造

「もう辞めよう」 そう思った夜は、一度や二度ではないはずだ。 コンディションが上がらない。仕事との両立が限界に近い。若手の台頭に居場所を失う。

それでも、月曜日の朝に重い体を引きずって出社する時、心の中には「昨日のピッチに立っていた自分」が確かに存在する。その手触りが、無機質なオフィスでの時間を、少しだけ鮮やかなものに変えてくれる。

社会人サッカーは、人生の「余白」じゃない。
この時間のほうが、よっぽど人生してる気がする。

Section 4メディア「LOSSTIME」の定義

メディア「LOSSTIME」の定義

「LOSSTIME」は、勝者のメソッドを教える場所ではない。 ここでは、報われなかった時間の話をしたい。

うまくいかなかった人。
遠回りばっかりだった人。
もう夢じゃないのに、まだサッカーしてる人。
夢が終わったあとも、なぜか次の日曜を待ってしまう人。

その時間がなかったことになるのは、違う気がしてる。ここは、誰にも拾われなかった時間を置く場所。人生って、試合が終わったあとも、まだ終わらない。

編集部より

この記事は、LOSSTIMEが大切にする「視点」の提示です。

今後、本メディアでは全国各地のピッチで戦う一人ひとりの「人生という名のロスタイム」を、インタビューやコラムを通じて可視化していきます。

次は、あなたの物語を聞かせてください。

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